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国内に流通させているドルの六倍ものドルを、野放図に世界にばら撒いてきた。
その通貨に対する信頼度は、資本収支の黒字(つまり還流)で生まれる、単なる数字上のバランスだけで判断で日本に「協調」を要求して、数年間で1ドル=120円に至った。
日本では八五年にプラザ合意がなされたころから、ドルの時代は終わったという説が登場した。
円高・ドル安の流れはもう止まらないと予測したエコノミストが、予測を的中させたというので注目された。
アメリカ政府も日本政府も円高・ドル安を演出しようとしていたのだから予測が当たって当然だが、そのころから「ドル暴落」が盛んに語られるようになる。
また、八七年にニューョーク証券市場で「ブラック・マンデー」と呼ばれた暴落が起こると、「ドル暴落」論に拍車がかかり、九一年、湾岸戦争が始まったころには「アメリカは戦争に勝利しても、経済後退は避けられない」と多くのエコノミストたちは指摘した。
つまり、「ドル暴落」はすぐにでもやってくるということだったのである。
なかには根拠の薄弱な議論もあったが、ドルが安泰だったのかといえば、決してそうではない。
いまも「ドル暴落」は起こっていない。
いったい、なぜなのだろうか。
八七年の「ブラック・マンデー」を救ったジャパン・マネー理由はいくつか考えられるが、大きな要因として二つあげることができる。
まず、暴落の危険があると、阻止しようとする力が働くことだ。
もし、ドルが暴落してしまえば、アメリ力経済が低迷して輸入が激減する。
アメリカへの輸出国はそうなっては困るから、ドルを買い支えようとする。
また、ドルが暴落すると、それまで購入してきたアメリカ財務省証券避することに協力的であるにちがいない。
八七年のブラック・マンデーが起こった原因としては、就任したばかりのFRB議長グリーンスパンが周囲の警告を無視して金利を上げたこと、日本の保険会社がアメリカの財務省証券を大量に売ったこと、金融工学が編み出した「リスクのない投資法」が、実は逆効果だったこと、などがあげられてきた。
いつぽう、ブラック・マンデーによる株価下落が、ドル暴落を引き起こさなかった理由は、日本政府が必死になってドルを買い支えたためだというのが有力である。
当時、日本はアメリカへの最大の輸出国であり、財務省証券の最大の保有国でもあった。
アメリカ政府が日本政府にどの程度の買い支えを、要請あるいは要求をしたかは不明だが、日本としても当面のことを考えれば、それほど不自然な行動ではなかった。
この買い支えは国際社会の評価も高く、英国の経済誌更コノミスト」は、直後に「日本よ、ありがとう!」という特集を掲載したほどだった。
lTバブル崩壊後の「ドルの還流」に協力した「経済低迷国」周知のように、九○年代には日本経済は長期低迷に苦しんだから、二○○○年にITバブルが危険水域に入ったとき、日本が買い支えてくれるわけはないと思われていた。
『ブームとバブル』(ヴァーソウ・ブックス)という本を書いた経済学者ロバート・ブレナーは、八七年のブラック・マンデーのときのように、日本にアメリカを助ける力はもうないと指摘していたものだ。
ところが、経済低迷を続けていたはずの日本が、今回も財務省証券を大量に買い進んで、アメリカの景気を下支えし、結果的にドルを危機から守ってしまった。
どれくらい買ったのか、数字をあげてみよう。
以下は、それぞれの年の財務省証券の残高である。
とくに二○○二年から二○○四年にかけて、残高が二倍以上になるほどの急速な購入であり、このことでITバブル崩壊後のアメリカは大いに助かったといわれる。
この経緯については、一般には次のように説明されている。
日本はゼロ金利政策によっても景気が回復しないので、いよいよ通貨の量的緩和策を採用することになった。
日本の財務省は日本銀行から円を調達し、国内市場にあるドルを購入して円の流通量を増加させていった。
そのドルによって、日本の財務省はアメリカの財務省証券を購入した。
結果的に、アメリカにドルが還流し、ITバブル崩壊と同時多発テロによって景気が後退していたアメリカ経済を刺激し回復を早めた。
その波及効果として、日本からのアメリカ向け輸出が増え、さらに中国のアメリカ向け輸出増加を経由して、日本の中国向けの輸出も増えて、日本経済は回復基調に戻ったというわけである。
いつもアメリカの財務省証券を買っていればいいような気がしてくるが、問題はそれほど単純ではない。
まず、今回はアメリカの景気を下支えしたことで、日本も景気回復のきっかけを掴んだことになっているが、常にこんなに上手くいくわけではない。
にもかかわらず、アメリカ経済が危機に直面すると日本銀行がアメリカのファイナンスをするのが、いまや当然のことのようになってしまっている。
日本経済が低迷を続けている最中も、法律で禁じられているため、日本銀行は日本国債を財務省から直接購入することはできなかった。
アメリカの国債なら野放図に買うための資金を日銀から調達してもいいというのは、おかしな話ではないだろうか。
だから、日本はアメリカの便利な「財布」などといわれるのである。
また、アメリカ財務省証券は、日本の財務省が「保有」しているとはいっても、証券そのものはアメリカ財務省に預けたままで、しかも、売却するのは政治的にきわめて難しいといわれている。
橋本龍太郎元首相がちょっと「財務省証券の売却も視野に入れる」といっただけで、揉めたのを思い出すべきだろう。
アメリカ財務省証券は、長期的に価値を下落させ続けているドルとともに、長期的には価値を下落させてきた歴史的事実も忘れるわけにはいかない。
その価値の下落分だけ日本はアメリカに貢いできたことになる。
ドルがこれからも下落するという長期的予想が常識になった時代、事実上は売れない財務省証券を買い続ける不自然さにも、国民はそろそろ疑問を覚えるべきだ。
ドルが簡単に暴落しないもうひとつの大きな理由は、アメリカ政府および金融当局が打ち出す金融政策が、ウォール街のビジネスと密接に結びついていて、混乱に繋がるような矛盾をきたすことがないように、政策方針が決定されてきたことがあげられる。
こういうと、それこそ「陰謀論」だという人もいるかもしれないので、アメリカ政府とウォール街を見る前に、まず、すでに十分に研究された大英帝国の政府とシティとの関係を振り返ることから始めよう。
近年の研究では、英国が世界帝国に成長していくなかで、その推進力になったのは、産業資本というよりシティを中心とした金融業とサービス業だったことが明らかにされている。
十七世紀以降、英国のジェントルマン階級は土地を基盤にして富を蓄積したが、その後、産業革命の担い手になったわけではなかった。
また、急伸を遂げた産業革命の担い手たちは、大英帝国で政治力を振るったわけではなかったのである。
十八世紀を通じて、ロンドンはアムステルダムに替わる金融の中心地として勃興するが、この過程でアムステルダムからシティに流入した金融業者が、ジェントルマン化していく現象が見られた。
シティを中心に発達した資本主義を、歴史学者ピーター・ケインとアントニー・ホプキンズは「ジェントルマン資本主義」と名づけている。
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